さとりーむ

ただの音楽好きが綴る悟り気味の雑記

さよならポエジーがいるのに「現代に文豪がいない」なんて言わせない

本を読む女性の写真

 

夏目漱石森鴎外三島由紀夫、彼らのような文豪が現代にいない」

と嘆いている文学好きのみなさんに朗報です。

 

わたしは見つけましたよ。

現代の文豪と読んで差し支えない存在を。

 

さよならポエジー

 

という現代の文豪を、みなさんに紹介したいんだ。

 

さよならポエジー

まずは、こちらの動画をご覧ください。


さよならポエジー 前線に告ぐ(Official Video)

 

さよならポエジーは、「姓:さよなら 名:ポエジー」という名前の作家ではない。

 

彼らは、ロックバンドだ。

  • オサキアユ(ボーカル兼ギター)
  • ナカシマタクヤ(ドラム)
  • マッサー(ベース)

という、神戸出身の3人組によって結成されたロックバンドです。

 

「はあ? ロックバンドだと? 音楽なんて興味ないね。」

なんて思った文学好きの方、ちょっとだけわたしに時間をください。

 

さよならポエジーのボーカルであるオサキアユが書く歌詞をとにかく見てほしいんだ。

 

オサキアユが綴る歌詞

愛書と戦争服 刻み切った前髪も
内向的 推敲を漂う日々も
空腹も 綺麗な耳朶も
まあ すべて愛しい人間だしな

 

「金輪際」

壇上の絶唱家 いつまで
この戦場に花 添えてくれる
車窓から眺めた今世紀は
酔狂人達の巣窟で

 

「觜崎橋東詰に月」

ずっと僕は順応ばっかしていても
成功の明星なんて見えねえよ

 

「その一閃」

生涯光沢ない妄想
案外尖鋭的胸中で
「敗者なんだ」と悟った
臨戦状態 どうしていたい

 

「chills」

使っている単語と、その単語の組み合わせがヒットチャートに並んでいる曲の歌詞とは一線を画している。

 

メロディという制約がある中で、

「難解な単語を選ばないと、曲を書いてはいけないというルールでもあるのか?」

と疑問を呈したいぐらいに、歌詞として使用するには場違いな単語の数々。

 

わたしは彼らの音楽と、歌詞を初めて聴いたときに、一言「凄い」と呟いた。

頭で考えたのではなく、自分の感情が素直に「凄い」という言葉以外を探し当てなかったのです。

 

正直なところを言うと、上記の歌詞を読んでもわたし自身、上記の歌詞が「良い文章」なのかは分からない。

 

「万人が理解できる文章」が良い文章なら、オサキアユが書く歌詞は難解で、辞書で調べないと意味が分からない単語もあったりするので、良い文章ではないのかもしれない。

 

ただ、歌詞を読んだ瞬間に「凄い」と感じた、感情の揺れ。

それだけで充分なんだと思っている。

 

夏目漱石にしても、森鴎外にしても、文豪と呼ばれる人達の文章は少し読んだだけで他の作家との違いを感じとることができる。

圧倒的な才能にひれ伏す、あの感じ。

理性を飛び越えて、感性に直接訴えてくる。

 

さよならポエジーの歌詞を初めて読んだとき、わたしはそれに似たようなものを感じた。

最後に

 さよならポエジーというバンドは、作品を二つ世に出しているだけの現時点では無名の存在。

 

「文豪」と呼ばれるためには、偉大な業績がともなうことは理解している。

そういう意味だと、さよならポエジーは現時点では「文豪」と呼べないだろう。

 

しかし、「文豪」に明確な定義は存在していない。

この記事を書くに当たって、「文豪」の定義を調べてみたけど、明確に定義されている記事は存在しなかった。

 

だったら、さよならポエジーを文豪と呼んでもいいでしょう。

いや、呼ばせてくれ。

彼らの歌詞を初めて聴いたときの感情の揺れを担保に差し出すから・・・。

 

前線に告ぐ

前線に告ぐ

 

 

遅くなる帰還

遅くなる帰還